凍てつく冬の路面と、熱い語り合い
みなさん、こんにちは。米国駐在員の「たろす」です。 今回は、私の悩みである吃音(きつおん)について、特に難発(言葉が出ない)と連発(言葉を繰り返す)の違いや変化について、実体験を書きたいと思います。
1月も下旬。私の住む地域は、晴れ間こそ見えたものの、気温は氷点下まで下がる極寒の一週間でした。 路面が凍結しないよう撒かれた防止剤の跡を見ながら、車で帰宅する毎日。
そんな寒さとは裏腹に、私の心は少し熱を帯びていました。 仕事のプロジェクトで、日本語ネイティブの相手と連日、顔を合わせて議論する機会があったのです。
普段は英語環境で言葉少なに仕事をしていますが、今回は違います。 相手も同じ日本人。話は自然と弾み、込み入った業務の議論はもちろん、お互いのプライベートや、普段はなかなか口に出せない仕事の悩みまで、ざっくばらんに語り合いました。
一人になった瞬間の「気づき」。吃音の難発と連発の変化
嵐のような一週間が終わり、ふと一人になった帰り道。 車内の静けさの中でこれまでの会話を振り返ったとき、ある「明確な変化」にハッとしました。
「あれ? 今週、けっこう喋れたな……」
もちろん、予期不安(「あ、次の言葉は詰まるかも」という恐怖)はありました。 特に、自分の悩みや感情といった「内面」をさらけ出す時は、喉に力が入りがちです。これまでの私なら、そこで「言い換え」をして逃げるか、喉がロックして声が出ない「難発」になっていたでしょう。
※ちなみに吃音の詳しい定義については、国立障害者リハビリテーションセンターの解説ページなどが参考になります。
でも、今週は違いました。 予期不安を感じても、あえて言い換えずにその言葉に突っ込んでみたのです。
結果どうなったか? 「連発」が出ました。 「か、か、か、環境設定が…」「じ、じ、実は…」というように、音を繰り返したのです。
一般的に、吃音を知らない人からすれば「ドモっている」ことに変わりはありません。 しかし、重度の難発に苦しんできた私にとって、これは「声が出た」という大きな進歩でした。 言いたい単語を、別の言葉にすり替えることなく、ちゃんと相手に渡せたのです。
その興奮を忘れないうちに、私は帰りの車内でボイスレコーダーを回し、こう記録しました。
私の仮説:連発は難発からの「回復」への通過点

「難発から連発に変わりつつあるというのは、発音が改善していると言えるのではないでしょうか」
独り言の中で、私は一つの仮説にたどり着いていました。
本来、吃音の始まりは「連発(音の繰り返し)」であることが多いと言われています。 それを「恥ずかしい」「変だ」と感じて、無理やり止めようとする。 その結果、喉にブレーキがかかり、声自体が出なくなる「難発」へと悪化する。
もしこのメカニズムが正しいなら、逆もまた真なり、ではないでしょうか。
つまり、「難発」から「連発」に戻ったということは、恥ずかしさによる「抑制(ブレーキ)」が外れかけている証拠だと言えるはずです。 発音が改善し、本来の自然な状態に少しずつ戻ろうとしている。
「きれいに話す」ことよりも、「ドモってでも自分の悩みや本音を話す」ことを優先した結果、ガチガチに固まっていた氷が溶け出し、水が流れ始めたような感覚です。
実はまだ、自分の声が聞けません
偉そうな仮説を立てましたが、実は私にはまだできないことがあります。 それは、「録音した自分の声を聞き返すこと」です。
毎日続けている「独り言の録音」ですが、実は音声自体は一度も再生していません。AIによる文字起こしテキストを確認しているだけなのです。
なぜか? シンプルに「自分の声を聞くのが恥ずかしいから」です。
これは吃音に関係なく、多くの人が経験することだと思います。 自分が骨伝導で聞いている「イケボ(いい声)」と、録音された「実際の声」のギャップ。「うわ、俺ってこんな声なの?」というあの居心地の悪さが、どうしても好きになれません。
ただ、もしかしたらそれだけではないのかもしれません。 「イメージと違う自分の声」を聞くことを拒む心の奥底には、「ドモっている現実の自分を直視したくない」という、吃音当事者特有の防衛本能も、ほんの少し働いている気もします。
でも、今はそれでもいいと思っています。 聞き返す勇気はまだなくても、録音ボタンを押して「声を出す」ことはできている。 まずはこの「出す練習」を続けること。自分の声を好きになるのは、もう少し先でもいい。そう割り切っています。
一年後の自分へ。吃音、難発、連発と共に
路面の氷はいつか溶けますが、私の吃音への恐怖心も、こうして少しずつ溶かしていければと思います。
「難発」が「連発」になり、やがて自分の録音を笑って聞ける日が来るのか。 まだ答えは分かりませんが、少なくとも今の方向は間違っていない気がします。
来週もまた、帰宅のドライブ中に正直な心を記録し続けていきます。たとえまだ、再生ボタンは押せなくても。

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